今日は、ゲシュタルト崩壊について書こうかな、なんて。
ドイツ語のゲシュタルトGestaltとは、緊密なまとまりと相互関連性を帯びた全体としての構造を意味し、要素に分解しようとすれば直ちにこの構造は失われ、要素は要素でなくなる・・・ということらしい。
まあそんなことはどうでもいいんだけど。ゲシュタルトっていう言葉が、何かいい。こう、そこはかとなく甘美な響きをかもし出しているような感じが・・・・・・しませんね。
文字のゲシュタルト崩壊がけっこう有名かな。
ある文字を凝視したり、何十回と書くうちに、「あれ、こんな字だっけ」と思うやつだ。
適当にGoogleで検索してたら、YouTubeの「THEゲシュタルト崩壊」という動画に当たった。
見た。
はまった。
・・・これは、いい。
動画によると、「借」という漢字に起こりやすいそう。
実際にやってみる。
借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借
・・・
あと、「の」という文字もやっていた。
実際にやってみる。
のののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののの
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ドイツ語のゲシュタルトGestaltとは、緊密なまとまりと相互関連性を帯びた全体としての構造を意味し、要素に分解しようとすれば直ちにこの構造は失われ、要素は要素でなくなる・・・ということらしい。
まあそんなことはどうでもいいんだけど。ゲシュタルトっていう言葉が、何かいい。こう、そこはかとなく甘美な響きをかもし出しているような感じが・・・・・・しませんね。
文字のゲシュタルト崩壊がけっこう有名かな。
ある文字を凝視したり、何十回と書くうちに、「あれ、こんな字だっけ」と思うやつだ。
適当にGoogleで検索してたら、YouTubeの「THEゲシュタルト崩壊」という動画に当たった。
見た。
はまった。
・・・これは、いい。
動画によると、「借」という漢字に起こりやすいそう。
実際にやってみる。
借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借借
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あと、「の」という文字もやっていた。
実際にやってみる。
のののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののの
・・・
考え事をしていたらいつしか予備校は終わり、いつもの電車を使って最寄駅へ。定食屋に寄って夕飯を終え、住宅街のひっそりとした通りを進む。すべてが、いつもどおりだった。あと数分もすれば家に着いて、風呂に入って床に就く―いつもどおり。いつもどおりだと、信じてやまなかった。あれを見るまでは―
人通りが少なく、明かりも少ない。そんな通りを歩いていた。いつしか雨はやんでいたらしく、しっとりとした空気がまわりにたたずむ。ずいぶんと気温も上がり、ジャケットを着なくても肌寒くない。ああもう春なんだ。そういえば桜の開花もそう遠くないな・・・。そんなことを考えながら。
穏やかな、春宵であった。
人目見たときは、ただの紙切れかと思った。激しい雨だったから、さぞかしふやけているだろうな。
が。もう少し近づいてみると、おや、と思う。
一歩、また一歩と足を踏み出す。疑念は次第に確信へと変わっていった。
あれは、千円札だ。しかも二枚。
瞬時に頭の中で計算する。1000×2=2000
にせんえん!
おそらく、このときの私の計算スピードはスーパーコンピュータに匹敵しただろう。
にせんえんにせんえんにせんえんにせんえんにせんえん・・・
甘美なクラシック音楽のように、「にせんえん」というメロディが全身を駆け巡る。
私は無意識のうちに体をかがめ、その輝かしい二枚の紙を拾い上げていた。
当然のように、濡れていた。
かわいそうに・・・。この雨の中、ずっと拾い主を待っていたんだね。
でももう大丈夫。私が来たから。
そしてズボンのポケットにしまおうと・・・しまおうとしたまさにそのとき、私の左手が私の右手をつかんだ。
なぜだ。なぜお前は止めようとする?
そこで、われに返った。
ああ・・・私はなんということを・・・。
ここで千円札を拾っていたら、私はこの先、その重い事実を背負って生きていかねばならないだろう。果たして私はそれに耐え得ることができるのか?
ここで千円札を拾っていたら、私は人でなくなる。もっと下等なモノへと、成り下がってしまうだろう。果たしてそれでいいのか?
否。
私は幸いにも、いつもの自分に戻っていた。冷静な判断を下せる、いつもの自分へ。
一時とはいえ、判断に迷いがあった自分が恥ずかしかった。
千円札を、もとあった場所へとそっと戻す。もう雨は降っていない。これ以上ふやけることはないだろう。
私は立ち去る。もう振り返らない。過去は過去。過去を捨て去ってこそ、明日の自分があるのだ。
私はもう迷わない。前だけを見つめ、未来へと、一歩、足を踏み出した。
〈このお話は、ノンフィクションです〉
人通りが少なく、明かりも少ない。そんな通りを歩いていた。いつしか雨はやんでいたらしく、しっとりとした空気がまわりにたたずむ。ずいぶんと気温も上がり、ジャケットを着なくても肌寒くない。ああもう春なんだ。そういえば桜の開花もそう遠くないな・・・。そんなことを考えながら。
穏やかな、春宵であった。
人目見たときは、ただの紙切れかと思った。激しい雨だったから、さぞかしふやけているだろうな。
が。もう少し近づいてみると、おや、と思う。
一歩、また一歩と足を踏み出す。疑念は次第に確信へと変わっていった。
あれは、千円札だ。しかも二枚。
瞬時に頭の中で計算する。1000×2=2000
にせんえん!
おそらく、このときの私の計算スピードはスーパーコンピュータに匹敵しただろう。
にせんえんにせんえんにせんえんにせんえんにせんえん・・・
甘美なクラシック音楽のように、「にせんえん」というメロディが全身を駆け巡る。
私は無意識のうちに体をかがめ、その輝かしい二枚の紙を拾い上げていた。
当然のように、濡れていた。
かわいそうに・・・。この雨の中、ずっと拾い主を待っていたんだね。
でももう大丈夫。私が来たから。
そしてズボンのポケットにしまおうと・・・しまおうとしたまさにそのとき、私の左手が私の右手をつかんだ。
なぜだ。なぜお前は止めようとする?
そこで、われに返った。
ああ・・・私はなんということを・・・。
ここで千円札を拾っていたら、私はこの先、その重い事実を背負って生きていかねばならないだろう。果たして私はそれに耐え得ることができるのか?
ここで千円札を拾っていたら、私は人でなくなる。もっと下等なモノへと、成り下がってしまうだろう。果たしてそれでいいのか?
否。
私は幸いにも、いつもの自分に戻っていた。冷静な判断を下せる、いつもの自分へ。
一時とはいえ、判断に迷いがあった自分が恥ずかしかった。
千円札を、もとあった場所へとそっと戻す。もう雨は降っていない。これ以上ふやけることはないだろう。
私は立ち去る。もう振り返らない。過去は過去。過去を捨て去ってこそ、明日の自分があるのだ。
私はもう迷わない。前だけを見つめ、未来へと、一歩、足を踏み出した。
〈このお話は、ノンフィクションです〉
最近、喫茶店によく行く。といっても世間話しにとか優雅にTEA TIMEとかじゃなくて、適当に勉強をしに行くわけですが。
いつか店員さんが「きっとさくら、咲きますように」とか言ってくれないかなあとか期待している。ちゃんと、「何か、どきどきしちゃって」と言う準備は万端だ。
そういや、キットカットはセンター試験前には食べるな、という話を聞いたことがある。「キットフットカット」・・・足切りだから。あー、くだらないなあ。
さて、今日も朝から行ってきた。あまり煙草を吸わない私は禁煙席へ。「ご注文は何になさいますか」「いつもの」という会話をかわし、(実際は「Aセット。飲み物は、うーん、カフェオレのアイスで」とか言うわけだが) さあ参考書を開いて・・・
でも、喫茶店て面白いんだよな。何が面白いいうと、他のひとびとを観察するのが面白い。
まず、老夫婦が一組いる。おばあさんのほうがちょっときつめで、おじいさんは穏やかな感じ。
ちらっと見たら、おばあさんがトースト(サンドウィッチだったかな)をおじいさんに「あーん」と差し出し、おじいさんも「あーん」と応じている。ああ、微笑ましいなあ。あんな感じが、いいよなあとか思ったり。でもおばあさんは多分、自分が食べきれないからおじいさんにあげているだけなんだろうなあとか思ったり。
奥にはスーツ姿の男二人組が。一人は20代で、もう一人は50代ぐらいかな。明らかに上司と部下、って感じ。
注文が運ばれてきて、おぼんにはアイスの抹茶オーレとホットコーヒーっぽいやつ。当然上司がコーヒー、部下がオーレなんだろうな、と思って見てたら、えっ逆? 上司さん、アイス抹茶オーレですか?
しかも上司さん帰り際に水の入ってたグラス落として割っちゃうし。部下に威厳保てるのかなあとはらはら。
さて、しばらくすると隣の二人掛けのテーブルに(自分は二人掛けテーブルに一人で陣取ってたわけだが)別の老夫婦が。
ちょっと会話を聞いてると、なんだか奥さんはずっと敬語で話してる。まあ別によくあるかな、と思ってちらっとみると、奥さんのほうがだいぶ若い。60代ぐらいのはきはきしたおばさん、て感じ。だんなさんのほうは、もう80いっちゃってるような。会話の内容も、「ボケないためには何か書くのがいいですよ」とか言ってたり。極めつけは「息子さん、なんとかかんとかで・・・」というおばさんの台詞。ああ、多分おばさんがおじいさんを介護しているんだろうなあ、と勝手に納得。
そんなわけで、最近、喫茶店によく行く。といっても世間話しにとか優雅にTEA TIMEとかじゃなくて、人間観察しにいくわけですが。
いつか店員さんが「きっとさくら、咲きますように」とか言ってくれないかなあとか期待している。ちゃんと、「何か、どきどきしちゃって」と言う準備は万端だ。
そういや、キットカットはセンター試験前には食べるな、という話を聞いたことがある。「キットフットカット」・・・足切りだから。あー、くだらないなあ。
さて、今日も朝から行ってきた。あまり煙草を吸わない私は禁煙席へ。「ご注文は何になさいますか」「いつもの」という会話をかわし、(実際は「Aセット。飲み物は、うーん、カフェオレのアイスで」とか言うわけだが) さあ参考書を開いて・・・
でも、喫茶店て面白いんだよな。何が面白いいうと、他のひとびとを観察するのが面白い。
まず、老夫婦が一組いる。おばあさんのほうがちょっときつめで、おじいさんは穏やかな感じ。
ちらっと見たら、おばあさんがトースト(サンドウィッチだったかな)をおじいさんに「あーん」と差し出し、おじいさんも「あーん」と応じている。ああ、微笑ましいなあ。あんな感じが、いいよなあとか思ったり。でもおばあさんは多分、自分が食べきれないからおじいさんにあげているだけなんだろうなあとか思ったり。
奥にはスーツ姿の男二人組が。一人は20代で、もう一人は50代ぐらいかな。明らかに上司と部下、って感じ。
注文が運ばれてきて、おぼんにはアイスの抹茶オーレとホットコーヒーっぽいやつ。当然上司がコーヒー、部下がオーレなんだろうな、と思って見てたら、えっ逆? 上司さん、アイス抹茶オーレですか?
しかも上司さん帰り際に水の入ってたグラス落として割っちゃうし。部下に威厳保てるのかなあとはらはら。
さて、しばらくすると隣の二人掛けのテーブルに(自分は二人掛けテーブルに一人で陣取ってたわけだが)別の老夫婦が。
ちょっと会話を聞いてると、なんだか奥さんはずっと敬語で話してる。まあ別によくあるかな、と思ってちらっとみると、奥さんのほうがだいぶ若い。60代ぐらいのはきはきしたおばさん、て感じ。だんなさんのほうは、もう80いっちゃってるような。会話の内容も、「ボケないためには何か書くのがいいですよ」とか言ってたり。極めつけは「息子さん、なんとかかんとかで・・・」というおばさんの台詞。ああ、多分おばさんがおじいさんを介護しているんだろうなあ、と勝手に納得。
そんなわけで、最近、喫茶店によく行く。といっても世間話しにとか優雅にTEA TIMEとかじゃなくて、人間観察しにいくわけですが。
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